影響部と被影響部

 からだに不調や不具合の症状があるかどうかは別にして、私たちの肉体は常に原因があって結果があるというサイクルを繰り返しています。
 これまで幾度となく登場してきた筋肉の連動はその一つの現れです。
 例えば手の母指をMP関節の所で屈曲する動作では短母指屈筋をさせることになりますが、すると連動関係にある橈側手根屈筋―上腕二頭筋長頭―三角筋前部線維―外腹斜筋―外側広筋―前脛骨筋の筋線維に収縮部分が生まれます。

 また上腕二頭筋に収縮部分(=こわばり)が生じたことの影響を受けて咬筋もこわばります。ですから「母指をたくさん使って短母指屈筋がこわばっている人は、咬筋がこわばっているので、本人が無意識であったとしても噛みしめている状態になっている」という結果がもたらされます。

 この場合、「噛みしめ癖」という症状は咬筋のこわばりによるものですが、咬筋のこわばりは何かの影響を受けた結果なので、それは「被影響部」であると考えます。
 そして咬筋にこわばりを生じさせた原因は上腕二頭筋長頭のこわばりですから、咬筋のこわばりが被影響部であることに対する「影響部」は上腕二頭筋長頭のこわばりであると考えます。

 このように考えて展開していきますと、上腕二頭筋長頭がこわばりを被影響部と考えたとき、その影響部は橈側手根屈筋のこわばりとなります。そして橈側手根屈筋がこわばっている理由は短母指屈筋のこわばりが連動した結果ですから、被影響部は橈側手根屈筋であり、その影響部は短母指屈筋のこわばりということになります。
 このように一つ一つを追っていきますと最終的には、咬筋がこわばっていることの原因(最終的影響部)は短母指屈筋のこわばりであり、それは母指の使いすぎによるものである、ということになります。

 ある程度経験を積みますと、短母指屈筋のこわばりが影響して上腕二頭筋長頭がこわばり、それが影響して咬筋がこわばって噛みしめ状態になっていることがすぐに頭の中で連想できるようになります。ですから、途中の橈側手根屈筋の検査を省いた検査を行うことができるようになりますが、今は、一つ一つの筋肉の変調を確認しながら、影響部と被影響部を検査して症状をもたらしている最終的な影響部(大元の原因)にたどり着く訓練を積み重ねて技術力を向上させてください。

痛み‥‥「こわばり」の連動関係による影響部と被影響部

 「痛い」という症状のほとんどは筋肉のこわばりによるものであることは学びました。
 筋肉がこわばっている状態は「縮む方向に力が働いている状態」ですから、それを伸ばそうとしますと痛みという反応を示してその行為を阻止しようとします。つまり筋肉は縮みたいので「これ以上伸ばさないで!」という緊急の反応が痛みです。あるいは何もしていないのに常に痛みを感じ続けたり、あるいは重苦しく感じるのは筋肉のこわばりが強くなっていることの現れです。
 ですから、痛みの症状に対しては筋連動を利用して「こわばり」の影響部・被影響部を追求していきます。

 からだを前屈すると腰痛になると言った場合、脊柱起立筋の中の最長筋がこわばっている可能性が考えられます。
 最長筋は上半身の方では、棘下筋―上腕三頭筋外側頭―長橈側手根伸筋、下半身の方では、梨状筋―大腿二頭筋長頭―腓腹筋内側頭―短小趾屈筋と連動関係にありますので、最長筋とそれらの筋肉との間で、こわばりの連動関係を確認していきます。

 たとえば、PCのマウスをクリックする作業が大変多いなどの理由で示指周辺の筋肉がこわばり、それが長橈側手根伸筋に連動し、さらに棘下筋に連動して最長筋のこわばりとなって腰痛を発症しているという可能性が考えられます。
 あるいは、足の小趾側に重心が掛かってしまう立ち方のために、小趾がいつも頑張っていて短小趾屈筋がこわばり、それが腓腹筋内側頭―大腿二頭筋長頭―梨状筋と連動して最長筋のこわばりを招いている可能性も考えられます。

 実際には、このようにこわばりの単純な連動だけで症状が現れるケースは少ないですが、今の段階では、影響部・被影響部の関係でこわばりの連動を確認していく作業を練習していくことが大切です。

力が入らない‥‥「ゆるみ過ぎ」の連動

 「こわばり」の変調は、筋肉が収縮したまま伸びない状態なので、伸ばされたり、圧迫されたりすると痛みを感じるという特徴があります。
 反対の変調である「ゆるみ過ぎ」の場合は、筋肉がスムーズに収縮できない状態ですから、「力が入らない」「動作がしづらい」といった症状につながります。

 スマートフォンでゲームをしている人は母指をたくさん使っていますが、すると短母指屈筋がこわばりますが、それでも使い続けていますとやがて変調が「こわばり」から「ゆるみ過ぎ」に変わっていきます。つまり、筋肉が疲弊して収縮力を失ってしまう状態になります。
 すると、筋連動として橈側手根屈筋―上腕二頭筋長頭―三角筋前部線維―外腹斜筋―外側広筋―前脛骨筋にゆるみ過ぎの変調が生じます。
 上腕二頭筋長頭も三角筋前部線維も肩関節で上腕を屈曲する働きをしますので、上腕を屈曲する力が弱まることになりますが、実感としては、上腕を屈曲した状態(肘を浮かせて腕を前に出した状態)を保つことが辛く感じるようになります。
 また、前脛骨筋の働きが悪くなることで、歩行時に足先が上がらずつまづき安くなったり、土踏まずのアーチが保てないために偏平足になってしまいます。

 以上のような症状があったとき、直接的には前脛骨筋のゆるみ過ぎ状態を改善する必要があったり、三角筋前部線維や上腕二頭筋長頭のゆるみ過ぎ状態を改善する必要がありますが、筋連動と影響部・被影響部の原理に則ってからだを観察していきますと、その大元の原因は短母指屈筋のゆるみ過ぎであり、スマホゲームのやり過ぎが原因であることにたどり着きます。

筋肉の拮抗関係を介した連動

 上記では、「こわばり」だけの連動、「ゆるみ過ぎ」だけの連動について説明してきましたが、臨床の実際では、「こわばり」の連動を辿っているうちに、「ゆるみ過ぎ」の変調に行き当たり、その後はそのゆるみ過ぎの連動を辿って最終的な影響部と被影響部の関係を決定して施術を行うということが多くなります。もちろん反対にゆるみ過ぎを辿っているところからこわばりに変わる場合もあります。

 腰痛にはいろいろなパターンがありますが、腰方形筋がゆるみ過ぎの状態になって腰部をしっかり支えることができなくなって座った状態が辛くなるケースもあります。あるいは内腹斜筋がこわばって腰痛になることもあります。
 腰方形筋は中殿筋と連動関係にありますが、中殿筋は小殿筋と拮抗関係(学術的には協働筋となっているかもしれませんが、臨床的には拮抗関係になることがあります)にありますので小殿筋がこわばると中殿筋はゆるみ過ぎの状態になります。
 さて、小殿筋は膝裏の膝窩筋、肩甲骨の棘上筋、肘関節の肘筋と連動関係にあります。たとえば、壁やテーブルなどにコツンと肘を打撲したとします。肘関節をぶつける場合の多くは上腕三頭筋の停止部になりますが、すると肘関節が不安定な状態になるため、肘関節を保つ働きをするもう一つの筋肉である肘筋に負担が掛かり、こわばり状態になります。
 すると肘筋のこわばりは棘上筋―小殿筋―膝窩筋と連動しますが、すなわち中殿筋のゆるみすぎ状態を生じさせる原因になります。それによって腰方形筋がゆるみ過ぎ状態になって腰痛になってしまうという状態がもたらされてしまいます。
 この状況を影響部と被影響部の関係で説明しますと、以下のようになります。
 腰痛は腰部の不安定または内腹斜筋のこわばりによるものですが、その影響部は腰方形筋のゆるみ過ぎです。そして、その影響部は中殿筋のゆるみ過ぎですが、その影響部は小殿筋のこわばりです。小殿筋がこわばっていることの影響部は棘上筋のこわばりであり、その影響部は肘筋のこわばりです。そして、肘筋がこわばっていることの影響部は肘関節の不安定であり、その影響部は上腕三頭筋停止部の損傷、つまりゆるみ過ぎです。

筋肉の変調―骨格の歪み―症状

 筋肉の変調が骨格の歪みにつながることについての理屈は既に学びました。
 復習のためにもう一度下のイメージ図を確認してください。

 椅子に座りつづけていると腰痛になってしまうケースがあります。座った時には上半身を骨盤に委ねられる状態が良いのですが、骨盤が歪んでいるために上半身の重みに耐えられなくなってしまうと、そのようなことが起こります。
 骨盤を後面から観察しますと仙骨が真ん中にあって両側に腸骨があります。そして仙骨と腸骨の間である仙腸関節は強靱な靱帯でほとんど動かないような状態に固定されています。(生身の実際では動きますが)
 私たちの上半身の中央には背骨(脊柱)があって上半身を支えていますが、脊柱は仙骨に乗っかっています。ですから、仙骨がしっかり脊柱を受け止めていられる状態であれば腰痛になることもありません。しかし仙腸関節が不安定であったり、腸骨の状態が芳しくなかったりしますと骨盤がしっかりと上半身を支えることができなくて腰痛を感じることになってしまいます。

 またスマホゲームを引き合いに出して説明しますが、母指をたくさん使いますと先ほどもでてきました短母指屈筋だけでなく短母指外転筋もこわばります。パソコン業務でキーボードをたくさん打っている人もこのような状態になります。そしてこのような人は母指末節が捻れた状態になっていますが、短母指外転筋のこわばりは腕橈骨筋―烏口腕筋―縫工筋へと連動していきます。(腕橈骨筋―上腕三頭筋外側頭―前鋸筋―大腿筋膜張筋―長腓骨筋と連動するラインもあります)
 縫工筋は骨盤の上前腸骨棘を起始としていますので、こわばって筋肉が短縮しますと上前腸骨棘を内側下方に引っ張ります。それによって腸骨は内側に回旋するようになり、骨盤後面では上後腸骨棘も含め腸骨陵が外側に開いた状態になります。
 これが骨盤が不安定になって座位で腰痛を感じる一つの症例ですが、同じようなことは他の理由でも起こります。
 短母指外転筋のこわばりはもう一つの流れとして大腿筋膜張筋~腸脛靱帯のこわばりに連動しますが、すると脛骨が外側に引っ張られるため、膝の内側で脛骨に停止している縫工筋、薄筋、半腱様筋もこわばります。ですから、同じように骨盤が不安定になります。
 あるいは立ち方の問題などで長腓骨筋がこわばるとそれは大腿筋膜張筋~腸脛靱帯のこわばりに連動して縫工筋がこわばり骨盤が不安定になります。
 これら三つのケースでは、縫工筋のこわばりが骨盤を不安定にさせるという点で共通していますが、その影響部のながれが異なっています。ですから、最終的に施術方法が異なることになります。

 また、同じ短母指外転筋のこわばりであっても、こわばり部分の場所やでき方の違いによって烏口腕筋→縫工筋のこわばりにつながるのか、あるいは腕橈骨筋→大腿筋膜張筋のこわばりにつながるのかは異なりますので、技術的な面では短母指外転筋に対する施術方法が異なることになります。

影響部と被影響部のまとめ

 私たちにのからだは胴体と頭部と上肢と下肢でできています。また、実際この業界で取り扱う症状は「首・肩のこり」「腰痛」「膝痛」「肩関節痛」など両手の指で数えられる程度にしか存在してないと考えられていますので、私たちの仕事が複雑なものであるという印象はないかもしれません。
 しかし、実際は非常に複雑です。あるいは複雑と言うよりも、単純なモノの組み合わせが非常にたくさんあると言った方が良いかもしれません。

 ですから、ある症状に対して効率よく施術を行うためには、原因として考えられるたくさんの可能性の中から「何を選んでどうすべきか」という選択を迫られることになります。
 そしてその選択を適切に行うための方法として「影響部と被影響部」の関係は非常に重要です。

 ある現象があったとき、その現象は被影響部なのか、それとも影響部なのか? 被影響部だとすると、その影響部は何なのか? と展開していくことによって真の原因にたどり着くことができます。
 反対に言えば、この作業をすることなく真の原因にたどり着くことは、「偶然」を除いて「あり得ない」となります。

 足首を捻挫して痛いとき、その影響部は? と考えますと、それは足首の捻挫で靱帯を損傷したことが原因ですから、それが影響部です。つまり、靱帯の損傷を治すことが施術になります。
 足首の捻挫をした後、何日かして腰が痛くなったのであれば、その腰痛部分は被影響部であり、影響部は足首の靱帯損傷となります。この場合は、腰部に対して施術するのではなく、影響部である足首を整えることが施術となります。腰部をいくら施術しても症状の影響部である足首が整っていなければ、すぐに腰痛状態に戻ってしまいます。
 
 このような考え方が正しいと多くの人は理解すると思います。そして、この考え方を現実的に進めていくためには「影響部と被影響部」という考え方をいつも頭の中に入れておく必要があります。

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