筋肉の変調‥「こわばり」と「ゆるみ過ぎ」状態

 筋肉は意志や神経からの信号によって伸びたり縮んだりして働いています。
 ところで、自分の力量を見せようとして腕を自分の方に曲げながら二の腕(上腕)に“力こぶ”をつくる男性の姿を想像してみてください。この時、上腕にある上腕二頭筋が収縮して太く硬くなります。筋肉の発達している人はモッコリとした硬い筋肉の山ができます。これは筋肉が収縮した状態です。
 一方、上腕の裏側には上腕三頭筋という筋肉があります。この筋肉は同じ動作の時、収縮するのではなく伸びる方向に働きます。上腕二頭筋と上腕三頭筋は反対の働きをするので拮抗関係にある筋肉=拮抗筋と呼ばれますが、仮に上腕三頭筋が上手く伸びることでできなかったとしますと、いくら筋力があったとしても腕を曲げることができなくなります。
 また、曲げた状態から腕を伸ばすときには上記とは反対に、上腕二頭筋が伸びて上腕三頭筋が収縮することになります。このように拮抗関係にある筋肉の働きが正常であれば、腕を曲げたり伸ばしたりする動作は非常に軽々とスムーズに行うことができます。

筋肉の変調

 ところが何らかの理由で筋肉の一部に損傷した部分ができたとします。例えばケガや打撲などによって上腕二頭筋の一部分が収縮できない状態なりますと、途中までは曲げられますが最後まで腕を曲げることができなくなります。
 あるいは拮抗筋である上腕三頭筋の一部分に塊のようなものができて、その部分が伸びなくなったとしてもやはり腕を最後まで曲げることはできなくなってしまいます。上腕二頭筋には腕を最後まで曲げる能力はあるのに、拮抗筋である上腕三頭筋にうまく伸びてくれない部分があるので腕を最後まで曲げることができなくなってしまうのです。

 上記では“ケガや打撲”、“塊”という言葉で表現しましたが、このように筋肉に収縮できない部分や伸びることができない部分ができてしまった状況を筋肉が変調していると言っています。

 変調には二つのタイプがあります。
 ひとつは私が“ゆるみ”あるいは“ゆるみ過ぎ”という言葉で表現しているもので、筋肉がうまく収縮できなくなっている状態です。“腑抜け”とか”中抜け”にも近いもので、触ると力感が感じられずヘニョヘニョしています。“伸びきったゴム”、あるいは“戻らなくなってしまったバネ”といった感じです。
 一つの筋肉全体がこのような状態になることは、普通はありませんが、筋肉の中にこの働きの悪い“ゆるみ過ぎ”の部分ができてしまいますと、筋肉全体のパフォーマンスが低下します。「筋力アップのトレーニングはしているんだけど、力が入らない」みたいな状態になってしまいます。

 変調のもう一つは”こわばり”です。これは筋肉の一部分が収縮したままの状態で、力をゆるめてもその部分だけ収縮が解除できないものです。あるいは一つの筋肉全体がこわばった状態になることもあります。

 “肩が張っている”、“背中が張っている”などと感じるのは、筋肉がこわばった状態にあるからです。そして、こわばりのある部分は押したり伸ばしたり、あるいは軽く触れたりするだけでも痛みを感じるのが特徴です。“足がつって痛む”という“こむら返り”は、強いこわばりが次から次へと生まれてしまうからです。

筋肉に変調ができてしまう理由

 筋肉は骨と骨を結び付けていますので、骨格が歪みますと“こわばったり”、“ゆるんだり”して変調をおこします。
 このことについては別途取り上げますので、今回は骨格の歪みによるものは除外して説明いたします。

“ゆるみ過ぎ”の変調

 筋肉に”ゆるみ過ぎ”の変調ができて働きが悪くなってしまう原因としては、

  • 打撲やケガなどの損傷、
  • 使いすぎて疲弊してしまった、
  • 反対にあまり使わないために機能が低下してしまった

 などが考えられます。

 打撲やケガによる変調はイメージしやすいと思います。
 肉離れなどの損傷もこれに入りますが、その部分に力が入らなくなりますので動かすことが辛くなります。それでも無理して動かそうとしますと他の筋肉に負担が掛かりますので痛みを感じるようになります。
 ギックリ腰もこの類です。骨盤や背骨近くの筋肉や筋膜にキズがついてしまい力が発揮できなりますので、からだを支えることや、できない動作ができてしまいますが、症状がひどい場合にはからだ全体をまったく動かすことができなくなってしまうことがあります。

 使いすぎて疲弊してしまった場合というのは、パンツのゴムを連想していただければよいかと思います。何度も何度も履いたり脱いだりを繰り返していますと、やがてゴムが伸びてしまいダラーッとなってしまいますが、それに似ています。疲労が蓄積したために筋細胞の働きが悪くなってしまったと考えられます。

 あまり使わないので機能が低下してしまうというのは、“筋力低下”の部類に入ります。
 この状況が顕著に現れるのは噛む筋肉です。食物をほとんど噛むことなくすぐに飲み込んでしまうような人や片側ばかりで噛んでいる人は、(噛まない方の)噛む筋肉がすぐにゆるんでしまいます。私たちのからだは食物を噛むことによって全身の筋肉がしっかりと機能するようにできています。ですから、なるべく多く噛んでそしゃく筋を良い状態に保つ必要があります。

“こわばり”の変調

 一方、筋肉に”こわばり”の変調ができてしまうのは、連続して使い続けたり、強い力を込めて筋肉を働かせたことによる場合がほとんどです。
 こわばりが顕著に現れる部位としては顎関節周辺、手、足などです。噛みしめる癖や歯ぎしりの癖を持っていますと必ず顎関節周辺の噛む筋肉はこわばります。片側ばかりで噛んでしまう片噛み癖の人は噛んでいる側の筋肉がこわばります。
 手作業が多い人は使っている筋肉がこわばります。パソコンでキーボードをたくさん叩いている人、スマホで文字入力をたくさん行っている人、ゲームでたくさん指を使っている人、これらの人も手指の筋肉がこわばります。
 歩き方が悪い人、外反母趾の人、これらの人の多くは小指側に重心がありますが、それでも地面を母趾(親指)を使って蹴ろうとしますので、母趾先の筋肉がこわばります。
 重たい物をたくさん持ったり、あるいは自分の能力以上に重い物を無理して持ったりしますと、筋肉は自分自身をこわばらせた状態にして頑張るようになります。それによってこわばりの変調が残ってしまうことがあります。

 以上が直接的に筋肉を変調させる理由ですが、“ゆるみ過ぎの変調部分ができたので、筋肉をこわばらせて頑張っている”という状況もあります。そしてこれが一番多いかもしれません。

 例えば、(五十肩によく見られるケースですが)肩関節を支えるために働く筋肉が三つあったとして、そのうち一つがゆるみすぎの状態になり働かなくなったとします。するとそれまで三つの筋肉で行っていた仕事を二つの筋肉でしなければならなくなります。そうなりますと二つの筋肉は自分の通常の能力を超えて頑張らなければいけないため、より収縮するようになります。このような理由でこわばりの変調ができてしまいます。すると肩は重苦しくなり、動きも悪くなります。

 この状態は外から触りますと「筋肉が張って硬くなっている」状態ですから、ついつい揉みほぐしたくなります。しかし自らを硬くしてなんとか肩の状態を保っているわけですから、それをほぐしてしまいますと筋肉は頑張れなくなってしまい、肩関節が本当におかしくなってしまいます。そしてこれが五十肩を長引かせる最も多い理由であると考えられます。
 ですから、このような場合の正しい対処方法は、ゆるんでしまった筋肉の状態を回復させることです。そうすることで再び三つの筋肉でバランス良く肩を支えることができるようになりますので、自ずとこわばっていた二つの筋肉はゆるんで変調が解消されます。

変調の調整‥‥ゆるみ過ぎ(虚)=補、こわばり(実)=瀉

 東洋医学の診断に“虚証・実証”というのがあります。
 “虚証”は虚弱体質という言葉でイメージできると思いますが、不足、弱い、働きが悪い、という感じがあてはまります。
 “実証”はイメージがつかみづらいですが、虚証の反対の意味で用いられます。と言いましても、強い、働きが良い、という意味ではありません。東洋医学的に表現しますと「邪気が充実している」となりまして、不要なものや余計なものがたくさん詰まっているという感じです。“何かが滞っていてエネルギーの流れが悪い”ので、実証も本来の働きができないという意味です。
 そして東洋医学(中医学)では「虚」に対しては「補」、「実」に対しては「瀉(シャ)」という治療原則がありますが、その原則に従って施術を行います。
 「補」とは「足りないエネルギーを補う」といったイメージです。「瀉」とは「不要な物質やエネルギーを取り除くこと」、つまりデトックスすることです。

 “ゆるみ過ぎ(虚)”とはその部分の細胞の働きが悪いことと同じですから、細胞に働きかけるような施術を行います。
 そのための最も手軽で有効な手段は、そっとその部分に手を当てることです。私はそうしています。「こんな軽い力で大丈夫なのですか?」と聞かれますが、それで十分です。そっと、粘り強く、働きの悪い部分に手を触れていますとやがて細胞が活動を再開しはじめ、ゆるんで中抜けしていたところにだんだんとハリが戻ってきます。そして筋肉全体ががしっかりしてきます。

 “こわばり(実)”は余計なものが詰まっていて細胞が身動きできない状態ですから、その余計なものを排除しなければなりません。そうしないと血液も含め、からだのエネルギーの循環が悪くなります。
 そして、この状態に対する施術は痛みをともないます。“ゆるみ過ぎ”に対する施術とはまったく違います。強い肩こりを揉みほぐすのに似ていますが、縮んで硬くなっている部分をほぐしていきます。やがて“こわばり”がゆるんできますと痛気持ちよくなり、施術の後は解放感が感じられます。そして筋肉全体の働きも良くなります。

 以上が変調に対する直接的な施術方法ですが、実際の臨床では、上述しましたとおり“ゆるみ過ぎ”の変調ができてしまったために別の場所に“こわばり”の変調ができてしまった場合や、反対に”こわばってしまった”ために別のところが“ゆるんでしまった”などの場合がほとんどですので、それらの関係性をしっかり見極め、施術方法を間違えないようにしなければなりません。
 ゆるんでいる筋肉があるので、別の筋肉がこわばって頑張っているのに、そのこわばりを取ってしまいますと症状がさらに悪化してしまうからです。ですからこわばりを取る、つまり硬くなっているところをほぐす時は特に注意が必要です。

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