上腕の外旋と前腕の回内

 スマホを操作する時間が長くなった、パソコン作業が増えた、リュックサックを使う人が増えた等々、現代人の生活様式は両肩が前に出る姿勢になりやすい欠点があります。いわゆる猫背の体型になりやすいのですが、すると手作業をするときに脇が開いた状態になってしまいます。そして、脇が開いた状態で手を使うと、本来は小指球を中心に中指・薬指・小指を使って行う動作を親指と人差し指で行うようになってしまうという欠点が生じます。たとえばペンで字を書く時、スラスラと滑らかにペン先を動かすためには親指と人差し指が思いのままに自由に操作できなければなりませんが、ペンを保持する動作も親指と人差し指で行うようになってしまいますので、「支えながら動かす」という二つの仕事を親指と人差し指がしなければならなくなります。当然、筆圧が高くなりますし、「スラスラ」とはほど遠い動きになってしまいます。
 脇が締まった状態で、つまり肘を降ろした状態で動作を行う場合は、ペンを中指~小指で支えるようになりますので、親指と人差し指は思いのままに動かすことができ、スラスラとペン先を軽やかに走らすことができます。
 ですから、肩が前に出て猫背になってしまう姿勢は極力修正したいところですが、そのために必要な上肢への施術について考えてみましょう。
 
 ここで錯覚しやすいことを一つ指摘します。
 肩が前に出て脇を開けて手作業をする状況は上腕を内側に捻る状態になりますので、上腕は内旋位になります。ですから「上腕は内旋している」と判断しがちですが、触診で観察しますと三角筋前部線維は収縮しているものの上腕骨の骨頭付近は反対の動き、つまり外旋方向に歪みます。(必ず実際に触診で確認しましょう)
 三角筋前部線維が収縮する状態は教科書上では上腕を内旋させることになっていますが、現実は異なる場合があります。その詳細の理屈は解りませんが、おそらく骨連動の関係か烏口腕筋の影響で上腕骨が骨頭付近では外旋に動くのではないかと思われます。

 結論的なことを先に言いますと、上腕と前腕は対称的な動きをする関係にあります。つまり、上腕を内旋させると前腕が回外に動き、上腕を外旋させると前腕が回内に動きます。また、前腕を回内させると上腕は内旋し、前腕を回外させると上腕は外旋に動きます。つまり骨連動として上腕骨とおそらく尺骨は捻れに関しては対称的動きをする関係にあることがわかります。
 この骨連動の関係は自動(自分の意志)で上腕を動かしたり前腕を動かしたりしても分かりずらいので、他動で動かし確認するとよいでしょう。

前腕が回内位にある状態の弱点

 多くの人が前腕が内側にねじれ、仰臥位で掌が下に向いた状態になっています。それは脇が開いた状態で手作業をしていることの現れであり、からだの力を効率的に使えない状態を教えてくれています。
 本来私たちのからだは、あらゆる動作や作業をするにあたって、骨盤を中心に全身の筋肉を作動させて‥‥手先や腕を動かす動作でさえ足元の筋肉を動員します‥‥動作を行いますので、特に意識的に力を入れなくとも、手先や足腰をしっかりと働かすことができます。
 ところが脇が開いた状態になりますと、体幹と腕との連携が弱くなりますので、手作業は「手に力を入れないとできない」状態になります。たとえば重い物を持つときには、足腰からの力を当てにできなくなりますので、手や腕だけの力に頼らざる得なくなります。そのために食いしばってしまったり、首や肩に必要以上に力が入ってしまったりするようになってしまいます。
 肩関節や肘や手首が作業や動作に耐えられなくなったり、動作が不自然になったりして、腱鞘炎やバネ指、肩関節周囲炎(四十肩・五十肩)になる確率も高まります。そして猫背を改善したくとも「仕組みとして改善できない」ので、あらゆる努力が徒労に終わってしまう可能性があります。

前腕の回内位を改善するために

 前述したように、前腕の回内位状態は上腕骨が外旋しているか、あるいは前腕を回内する筋肉のこわばりなどによって前腕が回内しているかのどちらかが原因か、両方の要因によるものかですから、それを確認することから作業を始めるのが効率的です。

上腕が外旋する要因
 ①外旋筋のこわばり‥‥棘下筋、小円筋、三角筋後部線維、烏口腕筋
 ②内旋筋の働きが悪い‥‥大胸筋、三角筋前部線維、肩甲下筋、広背筋、大円筋
 ※烏口腕筋は教科書上は外旋筋になっていませんが、起始(烏口突起)と停止の位置関係から、収縮することで上腕骨は外旋しますが、これが隠れた決定的要因になっていることがあります。

前腕が回内する要因
 ①回内筋のこわばり‥‥円回内筋、方形回内筋など(母指対立筋、屈筋支帯)
 ②回外筋の働きが悪い‥‥上腕二頭筋(長橈)、回外筋、

関連する筋肉の連動関係や骨格
 ①棘下筋上部線維―上腕三頭筋外側頭―長橈側手根伸筋―示指中手骨
 ②棘下筋下部線維―上腕三頭筋外側頭―短橈側手根伸筋―3指中手骨
 ③小円筋―回外筋―第一背側骨間筋(合谷)―示指中手骨
 ④三角筋後部線維―上腕三頭筋長頭―尺側手根伸筋―小指外転筋(―少沢・腕骨)
 ⑤烏口腕筋―母指先(少商)
 ⑥大胸筋(鎖骨部)―上腕二頭筋短頭―尺側手根屈筋―短小趾屈筋(― )
 ⑦三角筋前部線維―上腕二頭筋長頭―尺側手根屈筋―短母指屈筋
 ⑧肩甲下筋―円回内筋―母指対立筋
 ⑨広背筋あるいは大円筋(小円筋と連動)
   
 ※上肢を外旋したり内旋したりする筋肉は上支帯の筋肉ですが、体幹からの筋連動や骨格の歪みの影響で変調することも当然考えられますが、今回のテーマでは体幹からの影響は除外して考えます。

ケース① 棘下筋上部線維がこわばって上腕骨が外旋し、前腕が回内する場合

 棘下筋上部線維は長橈側手根伸筋がこわばりが連動してこわばります。長橈側手根伸筋は上腕骨の外側上顆と手の示指中手骨を繋いでいますので、肘関節が歪んでいたり示指がグラついていたりするとこわばります。肘関節では肘筋や回外筋の損傷(テニス肘)などが考えられますし、示指中手骨との関連性もよく考えなければなりません。

ケース② 棘下筋下部線維がこわばって上腕骨が外旋し、前腕が回内する場合

 ケース①とほぼ同じ考察になりますが、手の中手骨がグラついている場合、突き指や指先の損傷をよく観察するのが良いでしょう。

ケース③ 小円筋がこわばって上腕骨が外旋している場合

 まず、小円筋がこわばっているとき、大円筋もこわばっていて肩関節の動きに問題を生じていることの多いので、鎖骨や肩甲骨との関係もよく観察する必要があります。
 方形回内筋がこわばって橈骨が回内しているとき、回外筋はこわばった状態になっていることが殆どです。故に回外筋と連動する小円筋がこわばって上腕骨が外旋しています。ですから、直接方形回内筋のこわばりをアプローチしますが、屈筋支帯(母指のつけ根)が強くこわばって方形回内筋がこわばっている場合もあります。

ケース⑤ 烏口腕筋がこわばって上腕骨が外旋し、前腕が回内している場合

 たとえばパソコン操作では頻繁にスペースキーを使いますが、大抵は母指先でキーを叩きます。そのとき、微妙に母指先を内側に捻りますが、その動作がたくさん重なりますと経穴である「少商」近辺がこわばって硬くなりますが、それによって烏口腕筋はこわばります。
 烏口腕筋の起始は烏口突起、停止は上腕骨の内側ですが、その角度などの影響で筋肉がこわばると上腕骨を烏口突起の方に引き寄せながら少し外旋させるようになります。
 そして、スペースキーを叩く動作は母指対立筋も使いますので、母指対立筋―円回内筋とこわばり状態になって前腕を回内することになります。
 ですから、母指先を内側に捻る動作をたくさんしている人は上腕骨の外旋と前腕の回内を同時に起こすことになります。そして、この場合の解決策は単純で、少商からIP関節付近にできているこわばりの硬結をゆるめる施術を行うことです。

 なお、パソコン業務をしていない人でも、このような状態になっている人はたくさんいますので、よく観察して対応しましょう。

ケース⑥ 大胸筋がゆるんでいて上腕が外旋位になっている場合

 この場合は上腕が外旋しているにもかかわらず、外旋筋である棘下筋と小円筋がゆるんでいます。大胸筋には鎖骨部と胸骨部と肋骨部がありますが、手指との関係では鎖骨部が関連性が強いのでこのケースで述べます。
 大胸筋鎖骨部は上腕二頭筋短頭―尺側手根屈筋―短小趾屈筋という連動関係ですから、手を握る(小指球側)作業や癖などで小指外転筋がこわばると、拮抗関係にある短小趾屈筋はゆるんだ状態になります。するとそれだけで大胸筋鎖骨部はゆるんで上腕骨は外旋します。あるいは後方に歪みます。あるいは手指とは関係なく鎖骨が外側に歪んで大胸筋鎖骨部がゆるんだ状態になるケースもありますが、同じようになります。
 
 また、上腕二頭筋短頭がゆるんでいる場合、上腕二頭筋長頭はこわばった状態になりますが、すると前腕(橈骨)を回外させる力が働くようになります。つまり理屈上では、上腕が外旋し、前腕も回外することになりますが、それでは手作業を行うことができなくなりますので、自然な行動として方形回内筋の必要以上に収縮させて手首を内側に捻る状態になります。この状況もまた上腕が外旋して前腕が回内してしまう理由になります。

ケース⑦ 三角筋前部線維がゆるんでいる場合

 肩関節の不具合や鎖骨の歪みなどによって、あるいは短母指屈筋の疲労などの流れから三角筋前部線維がゆるんで上腕骨が外旋することがあります。その他にも回外筋がこわばって前腕が肘関節の付近で外旋し、上腕二頭筋長頭―三角筋前部線維がゆるんでしまうケースもあります。

 通常、三角筋前部線維がゆるむと上腕二頭筋長頭もゆるみますので、それだけで前腕は回内することになります。(上腕二頭筋長頭には前腕を回外する働きがあることを忘れないように!)

ケース⑧ 肩甲下筋がゆるんでいる場合

 いわゆる四十肩や五十肩の状態が悪化した経験のある人は肩甲下筋が損傷状態になっている可能性があります。(筋力テストですぐにわかります)
 その場合、肩関節で内旋する力が発揮できないので、上腕骨頭部位は外旋しますが広背筋や大円筋がこわばって上腕骨を内旋し肩関節を保持している可能性が高いと考えられます。
 大円筋がこわばっている場合は、小円筋もこわばっていますので、肩甲下筋が骨頭を保持できないのに加えて小円筋のこわばりによる外旋力も生じますので、状態としては複数の要素が重なって「こじれている」ように感じるかもしれません。(上記③のケースも重なっているので参考に)

 たとえば母指の疲労やCM関節の損傷などで母指対立筋の状態が悪く、その連動で円回内筋―肩甲下筋とゆるんでいる場合は、円回内筋による前腕の回内が上手くできないので方形回内筋をこわばらせていて前腕が回内位になっていることも考えられます。この場合は、母指対立筋の状態を改善することで対応できますので施術は難しくありません。

ケース⑨ 広背筋あるいは大円筋がゆるんでいる場合

 広背筋と大円筋は両方とも上腕骨の内旋筋ですから、どちらかが働きが悪い状態になると上腕骨は外旋する可能性があります。

 広背筋と大円筋は腋窩では捻れながら上腕骨に停止しているので、どちらが変調を起こしているかを腋窩で判断するのは難しいところです。広背筋は腸骨稜や肋骨を起始としているので、それらを動かしてみたり肩甲骨の下角より下方の状態をみて変調を確認するのが良いでしょう。
 大円筋と広背筋で明らかに違うところは、大円筋は大菱形筋と関連性が見られる点です。大円筋がこわばっているときは大抵、大菱形筋がゆるんだ状態になり、肩甲骨が外側方(上方回旋)にゆがんでいます。あるいは大円筋がこわばっているときは小円筋もこわばっている可能性が高いの、その辺りを確認しながら広背筋の変調か、大円筋の変調かを判断するのが良いでしょう。
 また、広背筋がゆるんでいるときは肩甲下筋がこわばっている可能性があります。肩甲下筋は肩関節の上腕骨骨頭の停止部で変調を確認することができます。
 広背筋または大円筋のゆるみ過ぎ状態が影響して上腕骨が外旋している場合、同じ上腕骨の外旋でも施術の方向性が異なりますので、どちらの筋肉による影響下はしっかり判断しなければなりません。

 広背筋がゆるんでいるとき、上腕の内側が弛んだ状態(筋膜や上腕三頭内側頭の「ゆ」など)になっていることが多いのですが、それは肘関節と関係がある場合があり、肘の内側を打撲して上腕三頭筋内側頭の停止部がゆるんでいるために上腕三頭筋長頭がこわばっている状態になっている可能性も考えられます。知らず知らずのうちに、肘関節の内側をテーブルや壁にぶつけることは良くあることで、本人は覚えていなくともそうなっている可能性もあります。ですから、広背筋がゆるんでいるときは肘関節を確認することは大切です。

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