動作の不具合に関して、まず知って欲しいこと

0動作と筋肉と筋膜

 私たちは動物、すなわち動く生物(生命体)体ですから、常にいろいろな動作をしています。眠っているときでさえ呼吸運動を行っていますし、心臓は働き続けていますので、片時も休むことなく動作・運動を続けているわけです。
 
 私たちセラピストが主に対象にする筋肉は骨格筋ですが、それは骨と骨を結び付けて動作を行うこと主な目的としています。
 ところで、動作とは骨と骨が近づいたり、遠ざかったりすること、すなわち「骨格が動くこと」に換言することができます。そして、骨格が動くこととは付着している骨格筋が収縮したり、伸張したりする現象に他なりません。
 食事で噛む動作では、そしゃく筋が収縮することで下顎が上顎に近づいて閉口し、噛む動作となります。そして、そしゃく筋が弛緩伸張することで顎関節がゆるんで下顎が落ち、開口する動作が行われます。

 ですから、動作においては筋肉(骨格筋)の働きが何よりも大切です。
 そしゃく筋の働きが悪く噛む力が頼りない状態であれば、硬いものを噛み砕いてそしゃくすることができなくなったりします。あるいはそしゃく筋が硬くこわばった状態になりますと、顎を開いて開口することができなくなり、柔らかい食物も食べることができなくなってしまいます。

 筋肉の働きが悪いと動作を正常に行うことができなくなる

 これは基本中の基本です。
 顧客が動作の不具合を訴えてきたときには、「どの筋肉の働きが悪いのだろう?」と働きの悪い筋肉を特定し、そして次に「どうしてその筋肉の働きが悪いのだろう?」と追求していくことになります。

 ある程度、セラピストとしての経験を積みますと、経験則から思い込みのようなものが頭を占めるようになってきます。
 「この症状の類は○○筋をほぐせばよい」といった対症状マニュアルみたいなものですが、このような思い込みや情報には十分に注意しなければなりません。
 私たちの仕事は工場で作業したり、ファミリーレストランでマニュアル通りにメニュー商品を完成させるのとは全く違います。あるいは、クリニックで病名を診断して、対応する薬品を処方するのとも違います。
 一見同じように見える症状でも、その原因はまちまちです。ですから、動作の不具合などに対しては、必ずよく観察することから始め、不具合の原因になっている筋肉を特定し、そしてその筋肉の働きが悪い原因を特定して修復していくという段取りで作業を行わなければなりません。
 同じ人の、同じ症状に対しても、毎回必ずこの工程を踏むことが大切です。何故なら、それによって症状に潜んでいる本質的な原因が、薄皮を剥がすようにして次第に見えてくるからです。そしてそれは、自分の能力を向上させる意味においても大切ことです。

筋肉と被包筋膜

 筋肉を細かく見ていきますと、それは筋線維(筋細胞)がたくさん集まって束ねられた集合体になっています。
 最も細い筋線維を筋内膜(筋膜)が包んでいますが、それがいくつも一つに束ねられたものがまた筋膜(筋周膜)に包まれています。そして、さらにそれがいくつも束ねられて太くなり、最終的に筋外膜が包み、私たちが筋肉と認識する姿になっています。
 このように筋線維や筋束を包んでいる筋内膜、筋周膜、筋外膜を被包筋膜と呼びますが、被包筋膜は筋肉の働きに大きな影響力があると考えられています。

 

 「筋膜リリース」と呼ばれる療法もあります。詳細は知りませんが、おそらく筋膜を整えることによって筋肉の働きを整える、といった主旨ではないかと思います。私も経験的にその主旨には賛同します。
 つまり、「筋肉の働き」を考えるときには常に「筋膜」を意識していることが大切です。
 筋線維(筋細胞)への栄養や情報は筋膜を介して行われている可能性が指摘され始めています。肩こり部位の筋膜を整えることで、一瞬にして肩こりが消失するといった症例もあるようです。

  • 筋膜をほぐすことを通して筋肉をほぐし、
  • 筋膜の状態を整えることで筋肉の状態を改善し、
  • 筋膜の捻れを整えることで筋肉の捻れを改善する

 経験的に上記のような可能性があると思われます。ですから、筋膜のことを常に頭に入れながら筋肉に対する観察や施術を行うのが良いと考えています。

筋肉の変調

 何らかの理由で筋肉の一部に損傷した部分ができたとします。するとその筋肉は十分に働くことのできない状態になります。
 例えばケガや打撲などによって上腕二頭筋の一部分が収縮できない状態なったとします。すると肘関節を途中までは屈曲できますが最後まで屈曲することが困難になる場合があります。
 あるいは拮抗筋である上腕三頭筋の一部分に塊のようなものができて、その部分が伸びなくなったとしてもやはり肘関節を最後まで屈曲することができなくなってしまいます。上腕二頭筋には肘関節を最後まで屈曲する能力はあるのに、拮抗筋である上腕三頭筋にうまく伸びてくれない部分があるので最後まで屈曲することができなくなってしまうのです。

 上記では“ケガや打撲”、“塊”という言葉で表現しましたが、このように筋肉に収縮できない部分や伸びることができない部分ができてしまった状況を「筋肉が変調している」と言っています。
 あるいは、筋肉の中の収縮できない部分や弛緩伸張することができない部分を「変調部分」と言うことがあります。

 変調には二つのタイプがあります。
 ひとつは私が“ゆるみ”あるいは“ゆるみ過ぎ”という言葉で表現しているもので、筋肉がうまく収縮できなくなっている状態です。
 そしてその変調部分は“腑抜け”とか”中抜け”にも近いもので、触ると力感が感じられずヘニョヘニョしています。
 筋肉の働き状態としては“伸びきったゴム”、あるいは“戻らなくなってしまったバネ”といった感じです。
 一つの筋肉全体がこのような状態になることは、普通はありませんが、筋肉の中にこの働きの悪い“ゆるみ過ぎ”の部分ができてしまいますと、筋肉全体のパフォーマンスが低下します。「筋力アップのトレーニングはしているんだけど、力が入らない」みたいな状態になってしまいます。

 変調のもう一つは”こわばり”です。これは筋肉の一部分が収縮したままの状態で、力をゆるめてもその部分だけ収縮が解除できないものです。あるいは一つの筋肉全体がこわばった状態になることもあります。
 同じ動作や運動をたくさん繰り返しますと、筋肉が硬くなったり、張ってしまったりすることが起こりますが、それは筋肉の全体あるいは一部が“こわばり”の状態になったからです。

 “肩が張っている”、“背中が張っている”などと感じるのは、筋肉がこわばった状態にあるからです。そして、こわばりのある部分は押したり伸ばしたり、あるいは軽く触れたりするだけでも痛みを感じるのが特徴です。“足がつって痛む”という“こむら返り”は、強いこわばりが次から次へと生まれてしまうからです。

筋連動と協働と拮抗

 

 私がこのサイトで紹介する施術は「筋肉の連動(筋連動)」の仕組みを利用する方法です。
 私たちのからだには400を超える骨格筋があります。そして私たちが何かの動作をするときには、これらの筋肉が「連動」と「協働」と「拮抗」という仕組みによって働き、その動作がスムーズに支障なく行われるようになります。

筋連動

 例えば、肘を屈曲する動作では、上腕二頭筋(長頭)が収縮することになりますが、上腕二頭筋と連動する筋肉もすべて収縮するといった筋連動の仕組みがあります。

 上腕二頭筋(長頭)と連動関係にある筋肉には、手の短母指屈筋、前腕の橈側手根屈筋、肩関節の三角筋前部線維、腹部の外腹斜筋、大腿部の外側広筋、下腿の前脛骨筋があります。
 これらの筋肉の全てが問題なく収縮できる状態であれば、上腕二頭筋(長頭)はその持てる能力を十二分に発揮することができます。ところが、これら連動関係にある筋肉のどれかがうまく収縮できない状態になっていますと、上腕二頭筋(長頭)は持てる力を十分に発揮することが出来なくなってしまい、力強く肘を曲げることが、あるいは肘を曲げた状態で頑張り続けることができなくなってしまいます。

 筋連動を利用した施術の具体例の一つとして、腰部の筋肉が伸びなくて腰部を捻ることができず痛みを発してしまう腰痛の例です。
 腰部を左右に捻るときに主動的に働く筋肉は腰腸肋筋と呼ばれる脊柱起立筋です。この筋肉は殿部では梨状筋、太股裏側(ハムストリング)では半腱様筋、下腿では腓腹筋外側頭と足部では短趾屈筋と連動します。

 例えば、履き慣れない靴を履いて長時間歩いたとします。履き慣れない靴の中で足が落ち着かず足裏の短趾屈筋に力を入れ続けて歩いていたために、短趾屈筋や連動するアキレス腱~腓腹筋外側頭にかけてビンビンに張ってしまいました。それは短趾屈筋と腓腹筋外側頭が強くこわばって短縮してしまい、伸びにくい状態になったということですが、すると連動する半腱様筋、梨状筋、そして腰腸肋筋も強くこわばってしまう状態になってしまいます。
 ですから、腰部を捻ろうとしても腰腸肋筋が伸びてくれないので、動作ができないばかりでなく痛みを発するようになってしまいます。

 この場合、腰痛だからいって腰部の筋肉を揉みほぐしたとしても腰腸肋筋のこわばりは解消しません。ですから腰痛の改善は望めません。それよりも筋連動の仕組みで腰腸肋筋のこわばりを招いてしまった短趾屈筋やアキレス腱(腓腹筋外側頭)のこわばりを解消するための施術を行う方が安全で効率的です。短趾屈筋とアキレス腱のこわばりが解消しますと、自ずと腰腸肋筋のこわばりも解消して、腰部を捻る動作が苦もなくできるようになって腰痛は改善した状態になります。

影響部と被影響部

筋連動と影響部・被影響部

 病院やクリニックでは、多くの場合、検査は検査機器で行い、その検査データに基づいて医師が診断を行って治療を進める段取りになっています。
 しかし、私たち整体師やセラピストは、その場で検査を行いながら、即、それに対応した施術を行うやり方が基本です。肩こりを発見したら、その場で揉みほぐして対応するという感じです。
 ですから、検査と施術とが即結びつくような施術のシステムを持つ必要があります。
 そして、そのシステムの一つが上記で取り上げた「筋連動を利用する」ことです。
 腰痛の根本原因を探すために筋連動の関係にある筋肉を検査していきます。そして短趾屈筋のこわばりが原因であること見つけ出すと、即、短趾屈筋のこわばりを解消するための施術を行います。

 ここで筋連動の仕組みから離れて、根本原因を見つけ出すための方法として「影響部と被影響部」について説明します。
 上記の腰痛の例を引き合いに出しますが、腰痛の症状を発している直接的な筋肉は腰腸肋筋です。腰腸肋筋が強くこわばって伸びにくい状態なので、伸ばされる動作を強いられると痛みを発したわけです。
 しかし、腰腸肋筋がこわばっている根本的な理由は短趾屈筋のこわばりでした。
 短趾屈筋のこわばりが影響して、結果的に腰腸肋筋がこわばってしまったということから、「短趾屈筋が影響部であり、腰腸肋筋がその影響を受けた被影響部である」と見ることができます。
 「自ら(短趾屈筋)」がおかしくなり、その影響が他(腰腸肋筋)に及んで症状をもたらしてしまう場合、その「自ら(短趾屈筋)」が影響部です。
 「自ら(腰腸肋筋)」がおかしいのは、他の部位(短趾屈筋)がおかしいことの影響による場合、「自ら(腰腸肋筋)」は被影響部です。

 ところで実際の観察では、一つ一つの筋肉を丁寧に検査(観察)していきます。
 腰部の腰腸肋筋のこわばりと殿部の梨状筋のこわばりを比較して、どちらが影響部でどちらが被影響部であるかを確認します。梨状筋が影響部であり、腰腸肋筋が被影響部であることがわかると、次に梨状筋と半腱様筋を比較します。そして半腱様筋が影響部であり梨状筋がその影響を受けてこわばっている被影響部であることがわかると、今度は半腱様筋と腓腹筋外側頭を比較します。
 このように連動関係にある、隣り合うような近い関係にある筋肉同士で変調を比較しながら検査を行っていき、最終的な影響部を探し出していきます。
 このことは実際の臨床では非常に重要です。「影響部と被影響部」という考え方がなければ、論理的に症状の根本原因にたどり着くことはできません。

 このサイトで説明する施術は、論理的に一つ一つの段階を踏みながら症状の根本原因を見つけ出し、それを修正するやり方が大原則です。

 「勘」とか「なんとなく」といった理由で施術を進めることはほとんどありません。
 但し例外もあります。東洋医学で重要視されています経絡と経穴(ツボ)や、反射療法における反射区については論理的に追求できなくても経験的に効果が認められるとして施術対象に採用することはあります。

筋連動と協働筋

 学問的に同じ働きをする筋肉を協働筋と呼ぶことがあります。
 例えば、肩関節を屈曲する時に収縮する筋肉には上腕二頭筋と三角筋前部線維があります。ですから、肩関節を屈曲する動作においては、三角筋は上腕二頭筋の協働筋であると言うことができます。また、上腕二頭筋が三角筋の協働筋であるとも言うことができます。
 この場合、上腕二頭筋(長頭)と三角筋前部線維は連動関係にありますので、二つの筋肉は連動筋であると同時に協働筋であると言うことができますが、実際、連動筋は協働筋です。
 つまり、上腕二頭筋長頭と連動関係にある橈側手根屈筋も短母指屈筋も協働筋であり、協働して上腕二頭筋の働きを補う働きをしています。

 連動筋ではないが「協働筋」の関係になる筋肉もあります。
 足首(足関節)を底屈する筋肉に下腿三頭筋があります。
 ところで、下腿三頭筋という考え方は素人的です。私たち専門家はせめて腓腹筋とヒラメ筋とにわけて取り扱うべきであり、臨床的には腓腹筋外側頭と腓腹筋内側頭、そしてヒラメ筋内側線維とヒラメ筋外側線維に分けて取り扱うべきです。

 また、足関節を底屈する筋肉には後脛骨筋もあります。ですから、足関節を底屈する動作においては腓腹筋とヒラメ筋と後脛骨筋は協働して働きますので、それぞれが協働筋である言うことができます。しかし、これらの筋肉は連動関係にはありません。
 立位において踵を浮かしてつま先立ちをするような動作においては、腓腹筋とヒラメ筋と後脛骨筋は協働関係になりますが、その他の動作では協働関係になることはありません。

拮抗筋の協力

 ある筋肉が収縮するときに、その働きとは反対に弛緩伸張する筋肉を拮抗筋と呼びます。
 例えば肘関節を屈曲するとき、屈筋側の上腕二頭筋は収縮しますが、伸筋側の上腕三頭筋は弛緩伸張しますので「上腕三頭筋は上腕二頭筋の拮抗筋である」となります。あるいは「上腕三頭筋と上腕二頭筋は拮抗関係にある」と説明することもあります。あるいは、この動作の「主動筋は上腕二頭筋であり、その拮抗筋は上腕三頭筋である」と説明する場合もあります。

 ところで、主動筋を収縮させて動作を行うとき、その拮抗筋が弛緩伸張できない状態だった場合、主動筋の収縮が不完全になり動作をスムーズに行うことができなくなります。
 例えば、肘関節を屈曲するために上腕二頭筋を収縮させようと力を入れても、拮抗筋である上腕三頭筋が伸びてくれないと「肘を曲げることができない」という不具合がしょうじます。あるいは上腕三頭筋が肘関節の屈曲を「邪魔している」という状態が起こってしまいます。

 主動筋と拮抗筋の関係が理解しやすい例として上腕二頭筋と上腕三頭筋の関係で説明しましたが、実際に、拮抗筋が主動筋の働きを邪魔している状況はたくさんあります。
 「手に力が入らず握ることができない」といった場合、前腕伸筋側の筋肉がこわばっていて弛緩伸張できないために、屈筋側の筋肉がうまく収縮できない状況になっていることが多々あります。
 このような場合は、力が入らない屈筋側の筋肉に対して施術を行うのではなく、伸筋側の筋肉の状態を整えることを先ず行います。そして伸筋側の筋肉が弛緩伸張できる状態になりますと、それだけで屈筋側の筋肉がしっかり働くようになって「楽に握ることができる」という状況になることがあります。

 このように主動筋の働きを高めるためには、拮抗関係にある筋肉の状態をしっかり把握して整えることが必要です。拮抗筋がスムーズに伸びてくれれば、それは主動筋の働きを補ってくれる効果があります。ですから、「拮抗筋は弛緩伸張することで協働筋になる」と表現することもできます。

タイトルとURLをコピーしました