私たちは生まれた時から死ぬときまで一時も休むことなく呼吸を行っています。
それは生理的な面で酸素が生命にとって必要不可欠だということでもありますが、それ以外の理由もります。
「呼吸」は「呼気」と「吸気」を合わせたものですが、呼気は吐く息であり、ゆったりとした呼気は心身のリラックスに繋がります。
吸気は息を吸う段階ですが、緊張につながります。「過呼吸」は息をそれ以上吸うことができない状態なのに、苦しいので更に息を肺に入れようとする行為ですが、自律神経の交感神経が極度に更新した状態です。
呼吸と自律神経
私たちの肉体の神経には、意志が反映される随意神経と意志ではコントロールできない不随意神経の自律神経があります。そして自律神経には興奮や緊張に関係する交感神経と栄養の消化・吸収、心身のリラックスに関係する副交感神経の働きがありますが、私たちの思いや意志ではコントロールできないとされています。
無意識に行われている呼吸運動は自律神経によって行われているとされていますが、「深呼吸」、「腹式呼吸」などはある程度私たちの意志を反映することができます。
ですから、呼吸を通して自律神経の働きに影響を与える可能性は多少なりあるということになります。そして実際、血圧測定に際して呼吸を整えることで血圧が下がる現象がありますが、それはこのことを実証している現象です。
ストレスが溜まって精神的に疲労していたり、眠りが浅かったり、寝付けなかったりする状態では交感神経が亢進状態になっていると考えられます。
このようなときには呼気(吐く息)に集中して、心地良く息を吐くことのできる状態になるよう仕向けることで緊張状態が緩和し、自律神経のバランスが改善する可能性があります。
自分は「自律神経失調」だと思っている人がたくさんいますが、そのような人は薬で自律神経を整えようとする前に、呼吸を改善することを試していただきたいと考えます。
呼吸とからだの動き
一般に「呼吸」あるいは「呼吸運動」と言ったときには、「外呼吸」あるいは「肺呼吸」のことを指しますが、呼気の過程と吸気の過程では、骨格と筋肉は違った様相や動きを呈します。
また、胸式呼吸か腹式呼吸かというような区別、あるいは○○呼吸法と呼ばれるものを除外して、普通で、自然な状態での呼吸を観察しますと、呼気の過程では横隔膜がゆるんで胸郭は下がり、仙骨が前傾して骨盤底が拡がります。反対に吸気の過程では胸郭が上がって拡がり、後頭部も上がって側頭部が拡がり、仙骨が下がって骨盤は上部が拡がります。
呼気
- 後頭部は下がって側頭部も狭まる
- 横隔膜はゆるんで腹筋が働き胸郭は下がる、そして狭まる
- 仙骨は前傾して骨盤底が拡がる、骨盤上部は狭まる
吸気
- 後頭部は上がって側頭部が拡がり、頭頂部が尖る
- 腹筋はゆるんで横隔膜が収縮する、そして胸郭は上がって拡がる
- 仙骨が後傾して骨盤底は狭まる、骨盤上部は拡がる
多くの人は、外呼吸において大切なのは「肺の働き」だと考えているかもしれません。
ところが私たちの肺にはほとんど筋線維はありませんので、自ら収縮・弛緩することはできないということです。ですから、それは「ただの袋」のようなものであるとのことです。
肺は胸郭の中に収まっていますが、胸郭が拡がればそれに合わせて肺も膨らんで息が入り、拡がった胸郭が狭まるときに肺も縮んで息が吐き出される仕組みになっています。
つまり、胸郭の動きが肺呼吸にとって非常に重要だということになります。そして、胸郭の運動に関しては、頭部と骨盤の状態が深く関与している現実があります。
歯ぎしりや噛みしめの癖を持っている人は側頭部の頭痛になりやすい人でもありますが、頭部の筋肉や筋膜も硬くこわばった状態になっています。
吸気の過程では側頭部が拡がるようになっていますが、頭部の筋・筋膜がこわばっているために頭部が締め付けられていて側頭部を拡げることができません。ですから「息を途中までしか吸うことができない」状態になってしまいます。つまり、呼吸が浅くなってしまいます。
また、座り続けることが多かったり、その他の理由で骨盤の動きが悪くなっている人も同様です。
呼気の動作に関しては、胸郭が下がって胸腔が狭くなることが重要です。腹筋の働きが悪くて胸郭をスムーズに下げることの出来ない人、頚部や胸の筋肉(胸鎖乳突筋、斜角筋、小胸筋、外肋間筋など)がこわばっていて胸郭を下げることができない人、また、骨盤が後傾して仙骨の下がっている人は「息を途中までしか吐き出すことができない」状態になってしまいますので、心地良い呼吸は実現できません。
また、肺の中にある炭酸ガス(=老廃物)をしっかり外に出すことができなくて体内に残ったままになってしまいますが、それによる弊害が生じる可能性があります。
呼吸運動と自然のマッサージ効果
呼吸が理想的な状態になりますと、そのリズムは海の波のように、押し寄せる波と遠ざかる波のゆったりとした繰り返しになります。
息を吸う過程は押し寄せる波のごとくですが、まずは鼻孔に外気を入れると同時に鎖骨と胸郭上部動き出し、息は次に副鼻腔の中に入っていきます。すると横隔膜が収縮を始め、胸郭全体が拡がり始めますが、肺が大きく拡がるようになってその動きが肩関節近くまで及びます。
次に息を吐き出す過程になりますが、収縮した横隔膜がゆるみ始め、その流れに従って拡がっていた肺が元の状態に戻り始めます。息は少しずつ体外に放出されはじめますが、胸郭は下がって腹筋が収縮を始めます。そして息を吐き出す波は骨盤の方に向かって流れ出し、太股を伝わってふくらはぎを伝わり足裏まで及びます。遠ざかる呼気の波は足裏から抜けていく状態が理想です。
このような全身にわたるゆったりとした波の交換作業は、からだにうねりをもたらしますが、それは全身の筋肉がゆっくりと収縮し、ゆっくりと弛緩する状態をもたらしますので、すばらしいマッサージ効果となります。
その日の日中に疲労した筋肉、歪んでしまった骨格、溜まってしまった老廃物は、寝ている間のゆったりとした呼吸運動によって整えられ、次の朝、目覚めの時には新鮮なからだになっていることを可能にします。
ですから私たちセラピストは、顧客の呼吸が理想的な状態に近づくように筋肉を整え、骨格を整えます。
顧客の呼吸状態がどのように変化したかは、私たちの仕事の成果を判断する基準の一つになります。