一般の人は「からだ(骨格)が歪んでいる」のは「姿勢が悪いことが原因」だと考える傾向があります。さらに、首が痛む、肩が凝る、ストレートネック、腰痛などの症状も姿勢が悪いことが原因であると考える傾向があります。
それは、間接的な因果関係においては正しいことです。しかし、私たちは専門家として、より直接的で、より具体的な原因を追求し、そしてその答えを得る必要があります。
もし、顧客が抱えている症状に対して「それは普段の姿勢が良くないからですよ。」などと応えるようであっては、素人であって専門家ではないことになります。
技術力のある専門家としては、その姿勢が悪くなっている原因を探しだし、そしてそれを修正することが求められます。
施術によって、自ずと姿勢が改善されるようになるよう調整しなければなりません。その場で、あるいは短い期間でそれが達成できないとしたときには、顧客に対して普段注意すべき具体的な事柄についてアドバイスをしなければなりません。
「正しい姿勢で過ごしてください」といった類のアドバイスであれば、専門家でなくても、誰でも言えることです。
姿勢が悪いことと骨格の歪み
さて、姿勢が悪いことと骨格が歪んでいることは、ほとんど同じことです。
ですから私たちは専門家として、骨格を整えることによって姿勢の改善を目指し、そしてからだの使い方が変わるように促さなければなりません。
からだの使い方が変われば生活習慣が変わり、歪みやすい状態にあった骨格が安定して、正しい姿勢を保つことができるようになります。それによって慢性的な症状が改善されるようになります。
たとえばちょっとした重心移動ができるかできないかで、息苦しい日々を送るのか、解放された日々を送ることができるのか、といった違いが生じることがあります。
このような場合、私たちが為すべきことは、顧客が「容易に重心移動ができる」状態になるよう調整することです。そして、そのために必要な筋肉を整え、骨格を整えることが私たちの具体的な作業になります。
さて、今回は「骨格の歪み」についての勉強になりますが、「なぜ骨格は歪むのか?」といった問いに対して、筋肉の変調との関係で説明していきます。
筋肉と骨‥‥はじまりは筋肉
一般的な印象としては、骨をボキボキと鳴らして瞬時に骨格を整える手法が「整体的なパフォーマンス」として認識されているかもしれません。
骨格が歪んでいる人は、自分の首を捻ってボキボキと鳴らしたり、肩関節をゴキゴキさせながら回したり、ポキポキと指を鳴らすなどして瞬間的にスッキリする心地良さを欲したりします。ですから、「整体」とはその延長線上にあるものと思われているかもしれません。そして、専門家の中にもそう認識している人が数多くいるようです。
私の考えはこれとは異なります。骨と軟部組織(靱帯、筋肉、筋膜、皮膚など)は互いに依存し合う関係ですが、骨格を修正してからだを整えるといった場合は、軟部組織の方が主役になると考えています。
軟部組織が整うことで、結果として骨格が整うと考えるのが妥当であり、例外を除いて骨格が整うことで軟部組織が整うという考え方は採用していません。
例外というのは、骨折や脱臼などに代表されるような、アクシデントによる一時的な状況変化の時です。何かの弾みで瞬間的に骨格がズレて症状が発症したのであれば、すぐに骨格を戻すことで症状は改善されますので、直接骨格を操作するようなやり方が正解になります。
私たち動物の進化の歴史を考えますと、生命体として初期の頃は、骨はありませんでした。からだの全部は軟らかい細胞(筋肉)でできていました。つまり軟体動物でした。
海で游ぐようになって、さらに速く游ぎたいという欲求が積み重なって軟体動物はやがて脊椎動物である魚に進化するわけですが、そのときに背骨や内臓を保護する骨格(肋骨)が生まれました。
そして陸に上がるようになり、水中の6倍になる重力に負けないからだになるために骨格は頑丈になりました。
つまり、発生学的にも最初は筋肉であり骨格は後からできたのです。生命の歴史が38億年、そして脊椎動物の誕生は5億5千年前だと考えられていますが、とてつもなく長い年月生命は骨のない時代を過ごしていました。ですから、その点でも軟部組織が主であると考えるのが妥当だと思います。
ところで、筋肉はいろいろな要因によってしばしば変調を起こします。そして、筋肉の変調は付着している骨に直接影響を及ぼします。ですから「筋肉の変調が骨格に歪みをもたらす。」という論理が成り立ちますし、骨格の歪みを修正しようとするのなら、つながっている筋肉の変調を解消する必要があるという論理が成り立ちます。
この入門編では以上の原則に則って、骨格筋と骨格との関係を主体に整体療法について学んでいきます。(実際には、皮下筋膜の状態も骨格の歪みに大いに関係していますが、それは次のステップで学びます。)
筋肉の変調と骨格
復習になりますが、筋肉の変調には「こわばり」と「ゆるみ過ぎ」の2つの状態があります。
「こわばり」は筋線維の一部が収縮したままの状態で弛緩伸張することができないので、筋肉全体としては「縮みたがっている」状態になっていると判断することができます。筋肉の「短縮」と表現できる状態です。
「ゆるみ過ぎ」は筋線維の一部が収縮できない状態になっているために、筋肉全体としては「力不足」であり「働きが悪い」状態となっています。
つまり、筋肉がこわばっている場合は、付着している骨を引き寄せるように力が働いています。また、筋肉がゆるみ過ぎの状態にあるときは、力不足で、付着している骨を安定して保持することができなくなります。
このように骨格は付着している筋肉の変調によって位置が変わったり、安定性を失ったりしますが、このような状態はほとんどの人に見られます。
すでに学んだことですが、筋肉の変調と骨格との関係においては以下の関係があります。
筋肉の変調による骨格の変化
- 筋肉がこわばると、付着している骨と骨の間は狭まる。
- 筋肉がゆるみ過ぎの状態になると、付着している骨と骨の間は拡がる。
骨格の変位による筋肉の変調
- 付着する骨と骨の間が狭まると、筋肉はたるんでゆるみ過ぎの状態になる。
- 付着する骨と骨の間が拡がると、筋肉は緊張してこわばる。
以下の2つのイメージ図を常に参考にしてください。
靱帯と骨格
骨格筋は骨と骨を繋いでいて、自らが収縮することで骨格を動かす働きをしています。ですから、動作の主役は骨格筋であると言うことができます。また、骨格筋の隠れている大切な仕事として、骨の位置を能動的に動かして保持する働きもあります。
ですから「その骨が、その位置におさまっているのは骨格筋の働きによるものである。」と言うことができます。
筋肉は自ら伸び縮みしますので、このような仕事ができます。
一方、靱帯は同じように骨と骨を繋いでいますが、骨格筋のように自ら能動的に伸び縮みして骨格を整えるというイメージではありません。それは「紐」のようなものであり、骨と骨がある範囲を超えて離れないように食い止める働きをしています。ですから、骨と骨を繋いでいる「鎖」をイメージした方が良いかもしれません。
靱帯の損傷
靱帯を損傷するケガとしては捻挫が最も多いと思いますが、足首を捻挫しますと靱帯が伸びてしまいます。
すると関節が非常に不安定になりますので、周辺の骨格筋も正常に働くことができなくなります。体重を支える負荷や、歩いたり動作をすることの負荷に骨格筋が耐えられなくなって痛みを感じるようになります。
捻挫も初期の頃は筋肉や組織の炎症を伴いますので、関節包に水が溜まって損傷部位周辺が膨れます。しかし、時間の経過とともに炎症は治まり、筋肉や組織の状態が回復してきますと痛みも消失するようになります。すると、多くの人は「これで捻挫が治った」と判断すると思います。
ところが、損傷して伸びてしまった靱帯は元の状態にまで回復していない場合が多くあります。
ここで、私たちセラピストの認識として大切なことを記します。
骨格の位置を能動的(=積極的)に修正して保持する働きをするのは骨格筋です。ですから、骨格筋がしっかり働ける状態に戻れば、靱帯の状態が元の状態に戻っていなくても、普通の日常生活が支障なく行える程度には関節の能力は回復します。
ところが骨格筋が疲弊したり、疲労が蓄積したり、加齢などによって筋力が弱まりますと、骨格を保持する能力が低下しますので、靱帯が元の状態に戻っていないことの影響が現れます。
関節はグラグラして不安定になりますので、関節に関係している筋肉は変調しますが、その変調が他の連動する筋肉にまで及びますので、全身がおかしな状態になってしまいます。
40歳頃を境に、多くの人は基礎代謝が落ちて太り始めますが、同時に筋力も低下し始めますので、体型の変化が顕著に現れるようになります。
この状況に加えて捻挫による靱帯の損傷や、過去の肉離れや、手術でメスを入れたことによる傷などの影響がありますと、全身のパフォーマンスが低下しますので、骨格筋が頑張り続けなければならない状況になります。いつもからだの何処かに力が入っている状態です。
すると、からだのあちらこちらに不調や不具合が一気に現れるようになる可能性があります。
靱帯の損傷はしっかりとケアして元の状態に戻す必要があります。
靱帯の状態が回復しますと、関節はある程度安定しますので、関連する骨格筋が変調を起こす可能性が低くなります。すると骨格筋が頑張り続ける状況にはならずリラックスした状態を保つことができるようになりますので、加齢による筋力の低下もさほど気にならなくなります。
遠い過去の捻挫やケガなど、古傷について、それが現在の不調や不具合に直結していなければ、ほとんどの人はすっかり忘れていると思います。しかしながら、靱帯の損傷は積極的に手当てしなければ何十年経っても元通りには戻りませんので、かならず現在のからだに影響を及ぼしています。
私たち専門家は、それを見逃さないように、常に注意深く顧客のからだを観察する必要があります。
靱帯の縮み
また、靱帯の損傷とは反対の状況もあります。からだの使い方に偏りがあるために、関節が変位し、靱帯が固まったように硬く縮んでいる状況です。
足首の内側には三角靱帯がありますが、これらの靱帯が硬く縮こまっている人が大変多くいます。
立位の時、足の外側(小趾側)に重心の掛かっている人は土踏まずが浮いた状態になっていますが、この状態を長く続けていますと三角靱帯はこわばったように硬くなって縮んだ状態になってしまいます。
脛舟靱帯と前脛距靱帯が縮みますと内果に距骨と舟状骨を引き付けた状態になりますので、土踏まずが浮いて見かけ上はハイアーチになります。そして脛踵靱帯が縮みますと踵骨の内側(載距突起)を内果に近づけますので、踵骨を内返ししたような状態にしてしまいます。
本来、足に重心が掛かりますと浮いていた土踏まずが沈み、足裏全体でその重みを受け止める状態になりますが、三角靱帯が硬く縮こまった状態ではそうなりません。小趾側に掛かっている重心はますます小趾側に掛かるようになってしまいます。
それが私たち日本人の体型的特徴なのかもしれませんが、ふくらはぎの外側~足の外側(小趾側)に重心が偏っている人がたくさんいます。O脚、あるいはO脚予備群の人とも言えますが、将来的に膝や腰にトラブルを抱える可能性が高いと考えられます。
ですから、私たちの多くは三角靱帯が硬く縮こまった状態になっていますので、施術においては必ず整える必要のあるところであると言うことができます。