骨格の観察(1)‥‥脊椎と骨盤の観察

 骨格を触り馴れていない人にとって、骨格の歪みを観察する作業はとても難しいことです。
 背骨が横に曲がっている、骨盤が後傾している、顔が大きく歪んでいる、O脚になっている等々骨格の歪みが大きい場合は、歪みを把握することはそう難しいことではありません。ところが歪みの度合いが小さかったり、骨が微妙な動きをしているときには、骨格の歪みを的確に捉えることはなかなか難しいと感じてしまうことでしょう。
 しかしながら、練習によって手先の感覚が養われれば、必ず骨格の歪みを捉えることができるようになります。
 ですから、技術習得のための基礎訓練を何度も何度も繰り返してください。骨格をたくさん触ることによって骨格の感触を自分のものにすることが大切です。

 私たちの仕事では、レントゲン写真やCT画像などを見て参考にすることはできません。基本的に手で触って骨格の状態を観察することになります。ですから、まさに職人の世界であり、頭で理解するよりもからだで覚える=体得することが施術を行う上での大原則となります。
 骨格をしっかり捉えて歪みを観察できるようになるまでには時間がかかります。施術を勉強し始めて半年~1年くらいは自分の観察力に自信が持てないかもしれません。自信が持てないのに施術を行わなければならなかったり、あるいは練習の成果が遅々として現れなかったりするのは心理的に苦しいことです。ですからこの整体法を勉強する過程では、ほとんどの人が苦しい期間を経験することになります。(私もかつてはそうでした。)

 この苦しい期間に、私が説明していることや、あるいは自分自身の能力に疑いの心が芽生え始め、情熱を失ってしまい、途中で挫折してしまう人もたくさんいます。
 でも、ここが踏ん張りどころです。この壁を越えることができれば、 影響部と被影響部の関係から最終的にどこを調整したり、何を修正するべきかを知ることができるようになります。つまり、合理的で整合性のある施術を行うための道が見えるようになってきます。

 さて、骨格の観察における第1回は脊椎と骨盤(後面)の観察です。

脊椎の観察

 脊椎は7個の頚椎、12個の胸椎、5個の腰椎が連なってできています。つまり合計24個の椎骨が積み重なって背骨(脊柱)を形成していますので、容易に変化しやすい存在であると、まず頭に入れてください。
 実際、24個の脊椎が理想に近い状態で整っている生身の人を見ることは不可能だと思います。誰もが骨格に歪みを持っています。ですから、「形」にあまりこだわらないようにしてください。
 形のことばかり気にしてしまい「右肩が下がっているのを修正したい」とか「左右のウエストのくびれ具合を同じくなるように修正したい」などという直線的な考え方をしますと、人体を無機的な物体であるかのように錯覚してしまう可能性があります。すると、押してみたり、引っ張ってみたり、固定してみたりという施術方法が頭に浮かんできてしまうかもしれません。
 (O脚矯正のために両膝が離れないように固定したり、膝が悪い人に対して大腿四頭筋を鍛えるべきである、という思考回路はこのような感じです)

 最終的に形が修正されることは望ましいことですし、それを目指すのはもちろん大切なことです。ところがそれ以上に大切なことは、動作が支障なくスムーズに行えることであり、心地良く快適に日常生活を過ごすことのできるからだを実現することです。

 その上で、より均整のとれた、よりスマートな体型を実現するように考えて整えることが顧客のためになることではないかと思います。

歪みを観察するときには「骨の動き」を観察する

 さきほど骨格の形にはあまりこだわらない方が良いと言いました。しかし、「骨の動き」には敏感でなければなりません。
 その骨(脊椎)はどちらを向いているのか、どちらに行きたがっているのか、という観点が施術を進める上では非常に重要です。

骨格の捻れ‥‥CWとCCW
 頭部から見て椎骨が時計回り(右回り)のときCW(ClockWise)と簡略して呼びます。
 反対に、反時計回り(左回り)のときはCCW(CounterClockWise)と呼びます。

脊椎観察の基本練習

 本来、骨格の歪み方に原則はありません。斜め方向に歪んでいたり、左右や前後方向に歪んでいたりと様々な歪み方があります。しかし、脊椎の歪みを捉える練習のためには、椎骨の前後の傾きと左右の捻れの四つの方向に絞って、椎骨を一つ一つ観察する方法を採用します。
  • 脊椎の観察は、背面から棘突起を軽い力で動かすことによって行います。
  • 脊椎の前後方向の傾きを観察する方法は、軽い力で棘突起を上下に優しく動かして確認します。
 まずは胸椎から腰椎までの棘突起を上に動かしてみます。軽い力でありながらも、スーッと抵抗なく上に動くようであれば、その椎骨は前に傾いている(棘突起が上向き=椎体が下向き)と判断することができます。動かそうとする手指の力に棘突起が抵抗するようであれば、前への傾き状態ではないと判断することができます。
 次に、棘突起を下に動かしてみます。上記と同様に椎骨を一つ一つ観察していきます。棘突起が下方に抵抗なく動くようであれば、椎骨が後方に傾いていると判断することができます。

 脊椎の左右方向への捻れは、椎骨がCW状態かあるいはCCW状態かを確認する作業です。

 まず棘突起を右方向に動かすことから始めますが、それは椎骨がCCWに歪んでいるかどうかを確認する作業です。
 手指先で棘突起を軽く右側に動かしたときに、ほとんど抵抗することなく動くようであれば、それは椎骨がCCWに歪んでいると判断することができます。
 動かそうとしたときに棘突起がその力に抵抗するようであれば、それはその椎骨がCCW状態になっていないと判断することができます。
 言葉で説明しますと以上のようになりますが、必要なのは手指の微妙な感覚を体得することですから、手指先の感覚を鍛えることに集中して練習を行ってください。

骨盤の観察

 骨盤は、中心になる仙骨および尾骨と恥骨+腸骨+坐骨で構成されている寛骨が組み合わさってできています。
寛骨は癒合して一体化されていますので、実務的には左右一対の完骨と仙骨・尾骨が組み合わさったものとしてとらえることができます。
 左右の寛骨は前面では恥骨結合で関節し、後面では仙腸関節で仙骨と関節していますが、骨盤の歪みを考えるときには、この前面と後面の二つの関節を常に頭に入れながら全体像をイメージすることが必要になってきます。
 そして、骨盤の状態を観察する上でいくつかのチェックポイントがあります。
 前面では恥骨結合、鼡径部(鼡径靱帯)、上前腸骨棘(ASIS)、後面では仙骨底、仙骨尖、上後腸骨棘(PSIS)、坐骨結節がそのポイントです。

骨盤後面の観察と基本練習

 たとえば腰痛の症状を持った人を観察するとき、通常は脊柱と骨盤と下肢の状態を同時に観察することから始めるようになります。何故なら腰椎と骨盤は密接な関連性を持っていますし、骨盤と下肢の筋肉も密接に関係しているからです。
 そしてこの場合、伏臥位における観察から行うのが順当な方法になりますので、骨盤の観察は後面から始めるようになります。(腰痛が激しくて伏臥位になれない場合もあります)

 骨盤の後面には仙骨と左腸骨と右腸骨がありますので、観察法の考え方としては左右の腸骨の関連性および仙骨との関連性から骨盤の全体像を捉え、影響部と被影響部の考え方に進んでいきます。
 ですから腸骨と仙骨のどれからでも歪み状態の確認を始めてもよいのですが、ここではまず仙骨の状態を観察することから始める段取りで説明します。

 仙骨には「底」と「尖」があります。仙骨底は第5腰椎と関節しているところであり、仙骨尖は尾骨と関節しているところです。
 そして仙骨の捻れ(CWとCCW)の観察では、仙骨底と仙骨尖を分けて行います。そして仙骨に歪みがある場合、仙骨底と仙骨尖で影響部と被影響部の関係を観察します。

 右利きの人の場合、多くは仙骨底がCCWの状態に歪んでいますが、仙骨尖はCW状態になっているかもしれません。あるいは仙骨底と同じようにCCW状態になっているかもしれません。このような場合、仙骨底を正位に戻したときに仙骨尖の歪みが解消されるのであれば、仙骨底が影響部であって仙骨尖は被影響部となり、仙骨底を正位に戻すためにはどうしたら良いだろうか? という次の段階に進んでいきます。

 寛骨の観察では上後腸骨棘(PSIS)に手指を当てて、寛骨を軽い力で動かすことによって歪みの状態を確認し始めますが、坐骨結節の動きも確認事項となります。(但し、PSISにこだわる必要はありません。腸骨陵を操作して判断することもできます。)
 骨格の動かし方では上・下、左(CW)・右(CCW)の四方向の確認から始めるのが基本練習です。

 左右の寛骨の歪み状態を確認したら、次に左寛骨と右寛骨における影響部と被影響部の確認をします。
 右利きの人の場合、多くの人は右下肢に重心を乗せる傾向がありますが、すると右寛骨が前傾して外(CCW)に歪み、左寛骨は反対に後傾して内(CCW)に歪む傾向があります。そして、右寛骨を正位に戻すと、左寛骨の歪みも改善する場合が多く見受けられます。影響部は右寛骨の歪みであり、左寛骨は被影響部である可能性が高いということになります。
 しかしながら仙骨の歪みがそこに加わってきますと様相は変わります。
 ですから左右寛骨の関係を確認した後は、その状況と仙骨との関係で影響部・被影響部を判断します。

 左寛骨と右寛骨の関係では、右寛骨を整えると左寛骨も整うのであれば右寛骨が影響部で左寛骨が被影響部です。この場合、次に右寛骨と仙骨の関係を観察します。
 右寛骨を整えることで仙骨も整うのであれば、右寛骨が影響部であって仙骨が被影響部であるという判断になりますが、この場合は最終的に「骨盤(後面)を整えるためには右寛骨を整える必要がある」という結論になります。
 あるいは、右寛骨と仙骨との関係で、仙骨を整えると右寛骨が整って骨盤全体が整うという場合もあります。そしてこの場合は、最終的に仙骨を整えることになりますが、仙骨底と仙骨尖を比較して、影響部になる方を整えることになります。

 仙骨が絡んだ場合は、仙骨底と仙骨尖の関係まで確認しなければならないことを忘れないように注意が必要です。

骨盤前面の観察

 骨盤の前面で指標となる部位は、上前腸骨棘(ASIS)と恥骨結合付近と鼡径部(鼡径靱帯および周辺)です。これらの部位はじっくり触って観察するところではありませんので、サラッと観察できる要領を身につける必要があります。

 上前腸骨棘は後面の上後腸骨棘との関連を念頭において観察します。ASISが内側に動いている場合、PSISは外側に動いている可能性が高いと考えられます。(右寛骨がCCW状態の場合など)
 あるいは、寛骨が内側に引き寄せられている場合は、ASISもPSISも内側に動いていることも考えられます。出産直後など骨盤がゆるんでいる場合は、ASISもPSISも外側に動いてしまう状態になっていることもあります。

 恥骨結合とその周辺は鼡径部と合わせて隠れた重要ポイントです。
 この先の実践や応用のところで詳しく学ぶことになりますが、下腹が出る、内臓下垂、舌や喉が下がって喋りや嚥下に影響がでる等々の症状においては、この辺りの骨格の在り方は重要です。

骨格を動かす時の注意事項

 技術力が未熟なうちは、骨格を操作する手指と頭(脳)との回路が十分に機能的な状態ではなく、不完全な状態だと考えられます。ですから、不安な思いを抱きながら骨格を観察していまう傾向があります。
 右に動いているのか左に動いてているのか、判断に自信が持てなくなりますと、骨格を動かす手指に次第に力が入ってしまうようになってしまいます。すると、実際は動かない(=歪んでいない)骨格を自分の力で動かししまうことになってしまいますので、ますます歪みの状態が解らなくなり、頭の中が混乱状態になってしまいます。

 あるいは、骨格はCWにもCCWにも、前にも後にも両方に歪んでいる場合もあります。「どちらか一方方向のはずだ」というのは多くの人が陥りやすい思い込みですので注意が必要です。
 そしてこれらは、皆さんの多くがぶち当たる壁です。

  • 歪みの状況が解らなくなったら、すっかり力を抜いて動かしみる
  • 歪みの状況が解らなくなったら、何も考えず、自分の手指の動きだけをみて判断する

 頭が混乱したり、歪みの判断に自身がもてなくなったときには、上記の二つを試みてください。
 骨格の検査や筋変調の検査においては、「思い込み」と「疑い」は敵です。
 もし自分の出した判断が間違っていたとしたら、それは修正すれば良いだけのことです。それ以上に考えて、心理的に落ち込んだり、疑いの心ばかりが増強したりするば、それは進歩を邪魔することにつながります。
 最初は誰もが間違います。間違ったら、改めれば良いだけのことです。間違い(失敗)と修正を繰り返すことで、やがて手指の感覚と頭の回路がしっかりつながってくるようになります。
 このような心構えで、骨格の観察に取り組んでいただきたいと思います。

 実際は骨格の動きを捉えていないのに、それを無視して先に進んだり、判断があやふやな状態のまま次に進んだりしますと、次のステップが非常に限られたものになってしまいます。
 このような状態で進んだ結果、たまたまそれが正解だったということもあるかもしれません。しかし、そのようなことをしてしまいますと、やがて判断に迷う場面が訪れたときに、「山勘」に頼るようなことになってしまい、それが癖になってしまうかもしれません。
 すると、結果的に自分が自分の能力向上を邪魔してしまうことになりますので、十分に注意していただきたいと思います。